#03

2024.12.02

脚本家・黒田洋介氏にインタビュー(3/4)「脚本は数学で書ける」編

YouTubeではなかなか言えないアレコレを、杉田智和が興味を持った人に、興味の限り聞きつくす。AGRSが贈るオリジナルインタビュー企画「AGRSが聞く」。

第2回のゲストは、古くから杉田と交流のある脚本家・黒田洋介さん。作り上げてきた作品と、ものづくりの哲学について全4編にわたってお届けします。

脚本の書き方について

熱量があると同時に、黒田さんは理論的に物事を構築するタイプのように感じられます。脚本にもそういった考え方を生かしているのでしょうか。

黒田

それについては、齢40を超えたときに得た持論があるんです。まだ誰にも言ってないんだけど、ここで言うね。

脚本は数学で書ける! 感性とかいらない!

杉田

ええっ!?

黒田

方程式を作って、イコールの先が“面白い”になれば成功。そして、物語のパーツは変数Xなんですよ。そのXに何をぶち込んだらいいのかを考えるのが脚本のお仕事なんです。

でも、すべての式を自由に設定できるわけではなくて、左辺には「女性」や「子供」という変数が最初から入ってる。そこに、どんな変数を加えれば“面白い”になるのかを探すんです。全体像を作るのはこれでいけますし、ストーリーを詰めるときにもこの考え方は適用できます。

杉田

黒田さんは「必ずキャラクターの到達点を定めろ」と言われていましたね。理解はしていたつもりでしたが、それを“方程式”と捉えると、確かに納得感があります。到達点を変数の1つとして、イコールの先に面白い結末が出るようにしてあげれば良いと。

黒田

キャラクターだけではなく、細かなやりとりにも、ちょっとした場面の作り方にも通じますよ。あとは、演算の結果どんな感覚が生まれるかを1つ1つ覚えていくだけです。

杉田

方程式型だと想定が難しいのは、場面の作り方だと思うんです。面白いシーンの作り方も同じように考えてますか?

黒田

面白いカットの作り方については、1つの大事なルールがあって、それが「1カットに2つ以上の意味を持たせる」です。各カットに複数の意味を持たせ続けることで、それぞれの場面が単調にならず、場面に深みがでるんですね。これは、僕が先輩の演出家から教わったことです。

杉田

なるほどなぁ。そういえば、プラモや雑誌については先達がいたとのことですが、脚本や演出に関して師匠にあたる人がいたとは聞いていませんでした。どんな人から技術を教わったのでしょうか。

黒田

僕が演出の師匠と呼んでるのは舛成孝二監督で、初めてきちんとシナリオの書き方を教わりました。いわく「シナリオに線を引いたらコンテのカット数が分かるように書け」「コンテに起こせないシナリオを書くな」と。

そうして書いてくると、次は「ここの部分の脚本をコンテ書いてみろ」と言われる。ならばと形にしてみると「じゃあ、次のカットはどうなる。繋がらないだろ」と詰められて(笑)。

杉田

ぐおお、想像するだけでキツい。

黒田

印象的だったのは「お前は譜面を書く立場で、拍子を決めるのは演出家である俺だ。拍子を脚本で決めるな!」というものでした。ついでに「歌える音符を用意しろ。そこを間違えたら殺す!」とも(笑)。

杉田

めちゃくちゃ分かりやすい例えの直後に恐怖がなだれ込んでくるの怖すぎる。

黒田

スパルタ的ではあったけど、おかげですげぇ~鍛えられました。

杉田

プラモの製作や編集の経験も脚本に繋がってそうですよね。方程式みたいな、論理的な考え方を作る基礎になったんじゃないかなって思ってるんですが。

黒田

より大きく影響を受けたのは、どっちかというと編集の仕事かな。論理的な思考というより、自分が書いたものに反応があるってことに気付けたのは大きかったと思います。アニメで評価が固まるのは、脚本を書いてから半年から1年後とかですが、雑誌なんかはクイックに反応が帰ってきますからね。

杉田

確かに、今はネットで発表して即レスポンスを受け取るのが普通ですけど、当時はあらゆるものにラグがありました。改善のサイクルが早くなるし、反応への耐性もつく。

黒田

単純に「作ったものはしっかりお客さんに届く」「必ず反応がくる」という確信を持てたのも大きかったかな。届くかどうか分からないまま、何ヶ月もアニメを作るには根気が要りますから。

杉田

それは当時の時点で意識していたんですか?

黒田

ええ、お客さんの反応収集は意識的にやってて、パソコン通信も積極的に使ってましたよ。パソコンなんかメチャクチャ高価だったけど、リアルタイムに反応が貰えるだけで価値がありました。

そこに入れる財力と知識がある人たちは結構いい大人なので、その人たちが跳ね返してくれる言葉は、どれもリアルな“実際のお客さん”の声だなと思って。批判も何もかも、ありがたく読ませてもらいました。

杉田

『おねがい☆ティーチャー(以下、おねティ)』のみずほ先生について話したときの思い出なんですが……。美少女ゲームにおいてキャラクターの役割が細分化されがちだけど、この作品では1人のキャラクターのいろいろな側面を表現したい、と話していたのを覚えています。そういったキャラ造形については、どう考えられていますか?

黒田

媒体の差という部分はあるんですよ。アニメで人数が多くなると、キャラクターの魅力を深堀りする時間がないんですね。20分間の間に5人の女の子が出てくると、単純計算で1人頭4分しか出番がない。それが増えるほど時間が切迫していって、大量に出てくる作品ではF1のピットワークみたいになっちゃうでしょ?

それを回避するために“お当番回”を作るわけですけど、それはそれで、たった1本でキャラクターの魅力を描ききらなきゃいけないってことで、これまた高度な技術が必要になってくる。しかも、キャラが多いってことは特徴を先鋭化させる必要があるから、スポットの当て方も極端になる。必然、キャラの魅力は細分化されてしまうんですね。

杉田

構造としてはわかります。そして、『おねティ』ではそうしなかったと。

黒田

後のAKB48じゃないですけど、当時はそういった方向性が強くて、それに逆行するような気持ちで作ったのが『おねティ』だった部分はあるかな。かわいい部分も、キリッとした部分も、1人の中に女性としての魅力を全部詰め込んで出したかった。

杉田

なるほど!

黒田

ただし、このやり方には大きなリスクがあります。それは、中心となる人物の魅力が受け入れられなかったら、その時点でコンテンツが終わりってこと。作りながら周囲の顔色を窺って、匙加減をギリギリまで調整しなきゃいけない。

調整に調整を重ねて、みんながニコッとしてくれた瞬間に「これは勝ち確だ!」となったのを覚えています。『おねティ』に関しては、羽音たらくの最初のキャラデザが上がってきた段階で既に勝ちを確信してましたけど(笑)。

杉田

ディレクションやバランス取りも、黒田さんが積極的にやっていましたね。人気投票で森野苺が1位になって、「ここクローズアップして、後半の展開とか変えたほうがいいんじゃないか」という話が出たときも、しっかり止めてくれましたよね。

黒田

そこがブレたらおしまいだからね。大事なのは、いわゆるサイレントマジョリティを予測することだと思っています。単純な反応の大きさだけでなく、それぞれのファンの性質を推測するんですよ。静かに好きでいてくれる人は声をあげないし、数字だけを見てると、その気持ちを取りこぼしてしまうことになる。それぞれに合わせて、求めている形のコンテンツを作るのが大事なんじゃないかな。

杉田

カンと経験が求められる部分ですね。一歩間違えると、単にファンの声を聞かない人に見えてしまいますし。

黒田

僕がまだフットワークが軽いころは、オタクの話を耳にいれるために秋葉原の喫茶店に行ってたことがありました。もちろん、別の作業のついでにですけどね。いろいろな人の反応を聞くことは意識的にしていたので、受け止められ方の予測はだいぶつくようになってきました。

これから脚本家を目指す人に向けて

これから脚本家を目指す人に向けたコメントなどはありますか?

黒田

簡単です。まず「俺は脚本家だ!」と唱えてください、その瞬間からあなたは脚本家です。この仕事には、資格もなーんにも必要ありませんから。あとは作品を書けば本物の脚本家になれるし、書かなければ自称脚本家になる。

杉田

声優も同じですね。声が出るなら声優になれますし、一度でもギャランティを受け取った人はもうプロの声優です。

黒田

今は自分で売り込みもできる時代になったし、アニメ以外にも声の仕事は沢山できますし、いろいろなルートが生まれましたからね。どこから入っても業界は繋がってるもんで、まずは挑戦してみるのがいいんじゃないかな。

杉田

最初が不安なのは誰でもそうです。できるだけ挑戦して、絶対に機会を見逃さないのが大事なんだなと、黒田さんを見ていると感じます。

黒田

大事なのは、機会を前にして「できない」と言わないことです。言ったらそこでおしまいですから。たとえば「ドラマの脚本やってみない?」といったとき、不安そうに振る舞う人に仕事なんかくれるわけありません。

その先にやりたいことがある人は、たとえ不安でも「えっ、マジですか! やりますやります!」って受け止める図太さは必要だと思う。当然、中堅以降になったら嫌な仕事を断るのも構わないと思いますけど、一番最初はよっぽどマズい内容じゃない限り、がむしゃらに挑戦して良いんじゃないかな。

黒田さんの考える今後

杉田

代表作は数多いと思いますが、黒田さんは自身の代表作や評価をどう感じ、向き合っているのかが気になります。そこで悩みを抱える若手も多いので、何らかの答えになるんじゃないかなと。

黒田

代表作やイメージがあるのは有り難いとは思ってますけど……。最近は「スクライドみたいなの作ってくれ」と言われるのが辛いです。

杉田

い、一番しんどいやつだ!

黒田

スタッフ内にもファンがいてくれて、とっても有り難いんですけども。自分としては「俺は何回これを作らなきゃいけないんだ……」と、少し辟易しちゃってる部分はあるかもしれない。

だって、『スクライド』みたいなものと言われても、何をもってクライアントがそう言ってるのか分からないじゃないですか。人によって『スクライド』に対して見えているものが違うんです。それを汲み取って合わせるのが本当に辛くて……。

杉田

台詞回しや関係性を指してるのか、それともテーマの扱い方を指しているのか、確かに言われなければ分からない。

黒田

この前にやった『BIRDIE WING -Golf Girls’ Story-』も、最初は「スクライドみたいに作ってくれ」って言われてたんですよ。女子ゴルフのアニメなんですけど。

杉田

どういうことですか!?

黒田

そうなるでしょ? 誰だってそうなる。俺だってそうなる(笑)。

杉田

これは難題ですね……。いったい、どんな技を使って解決していったんですか?

黒田

根本のテーマが重なるわけがないから、もうシナリオ自体の形式から入ったの。必殺技があって、ライバルが出てきて、一度負けて……。ほら、スクライドっぽい。それでプロデューサーには納得してもらって、後は好き勝手書くっていうね(笑)。

杉田

面白いなぁ、まさに黒田さんだ。提示されたオーダーには限界まで対応しつつ、企画の体裁も崩さず、その上で自分のやりたいことをやる!

黒田

結局はやりたいことをやるから、終わってみれば楽しかったりするんですけどね。それをひねり出してるときは、正直言って辛いことが多いです。

杉田

逆に完全に自由にオリジナルアニメを作れるなら、どんな方向性の作品を作ってみたいと思いますか?

黒田

『ハニーレモンソーダ』みたいな、コテコテの少女漫画系をやりたいですね。もう『スクライド』じゃなくて、ガンアクションでもバトルアクションでもないやつを!

杉田

それはそれで、めっちゃ見たいですね。個人的には熱いスクライド的な方向性の作品も相変わらず好きですが。

黒田

もちろん、熱い作品は今でも大好きです。実際のところ、手をつけちゃえば楽しいんですよ。でも、そろそろ味変したい。少女漫画系じゃなくても、男しか出てこない『龍が如く』みたいな方向性もぜんぜんアリです。

杉田

バトル曲がウケたからそればっか作ってるけど、実はいろいろ作れるイトケン(伊藤賢治)さんみたいな感じですね。なんなら得意でもないのにって、本人が言ってましたよ。

黒田

代表作として選ばれると、周囲からそう見えるようになりますよね。こうなることは想定していて、対策もしてはいたんですが、結局どちらかに偏ってしまっています。

杉田

えっ、対策? ど、どういうことですか?

黒田

『スクライド』と『おねティ』って同時期の企画なんですよ。雰囲気がまったく違う企画を同時に走らせていたのには「俺はこっちもできますよ」というアピールの意味合いもあったんです。どっちかになると“括られて”しまう、と思ったので。

杉田

その段階からセルフプロデュースが始まってたんですか。考え方が脚本家離れしてませんか!?

黒田

アニメ関連の飲み会で会った佐藤順一監督とお話した時には、少し話しただけで「君、本当に脚本家? 喋り方がすごくプロデューサーっぽい」って言われたのを覚えてます。作品へのアプローチが、作り手よりも売り手の立場に近いって。

杉田

これまでの話を聞くと、まさにそうですよ。今でこそ、クリエイター自身が広告や販売に直接関わるのは普通になっていますが……。当時からその視点を持っていたというのは本当にスゴい。

とはいえ、まったく雰囲気の違う作品を同時に作るのって、気持ちの切り替えが難しかったりしませんか?

黒田

自分はそういうのはありませんでした。むしろ並走することで、別の作品の考えがまとまったりするんですよ。1つの作品だけを考えると視界が開けなかったりするんですけど、そこで『おねティ』やって「のの~!」とか書いてると、視野角が無理くり広げられるんです。

むしろ、振れ幅のある作品を同時にやった方がシックリ来るくらい。だから、僕は2本並走の体勢を基本にしてますね。……どうしても断れなくて、たまに3本になったりしますけど。

杉田

違う視点によって開けるものは、確かにあります。誰かの書いたものに出演する「声優としての自分」と、自分で書いた脚本に出演してもらう「作り手としての自分」の双方を持つことで、客観視できる部分もありました。

黒田

杉田くんに関しては、著名な脚本家の方が書かれてる台本が、教材としてタダで巡ってくるわけじゃないですか。その相互作用は強いでしょう。

杉田

まさにそうなんです!

黒田

僕も雑誌の仕事をしてた頃、いろいろな作品のあらすじを書くことがあってね。まだアナログの時代だったんで、資料として絵コンテがまんま送られてくるんです。それを読んであらすじを書くんです。現代ではアニメ制作会社側があらすじを書いて送ってますから、そんな必要はないんですけどね。

大変だったけど、そのかわりに有名なアニメーターさん、脚本家さん、監督さんが作った絵コンテや脚本を山程読めたんです。何十作品も、ジャンルを問わず。『ジャングルの王者ターちゃん』も『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』も、みんな読みました。

杉田

かつての仕事が、そのまま次の業界に向けた知識の準備になってたわけだ。とんでもない運命もあったもんですね。

黒田

これの何がいいって、あらすじって要点の書き出しじゃないですいか。自然と構造を分解して、本質が見えてくるんです。最初から分かってたわけではなく、後から振り返ってみたら「そうだったな」という話ですが(笑)。

杉田

今でも既存の作品を分解するトレーニング法はあると聞きます。それを自然に、仕事としてやってたんだなぁ。やっぱり黒田さんのルーツはどれも面白いな……。



「原作ありの作品を扱う責任」編に続く