#03

2023.10.01

アニメ監督・高松信司氏にインタビュー(3/4)「ガンダムW&X 激闘」編

YouTubeではなかなか言えないアレコレを、杉田智和が興味を持った人に、興味の限り聞きつくす。AGRSが贈るオリジナルインタビュー企画「AGRSが聞く」。

自由な手腕を振るった『SDガンダム』、そして子供向けロボットアニメの金字塔「勇者シリーズ」を手掛け、アニメ監督として大きく成長した高松さん。そんな中、『新機動戦記ガンダムW』の現場の窮状を告げられて駆けつけるが……。

杉田

長く「勇者シリーズ」を手がけられてきた高松監督ですが、『ガンダムW』でガンダムに戻ってくるんですよね。監督代行、という立場だったと聞いていますが、どういった経緯で参加したのでしょう。

高松

『黄金勇者ゴルドラン』の後番組の企画をやっていたときに、途中で「1スタが緊急事態だから来てくれ」と言われてしまいまして。1995年9月ごろだったかな、『ガンダムW』の放送が始まって半年くらい。

杉田

さっそくの急展開だ。

高松

そこでは『装甲騎兵ボトムズ』で最初についた先輩制作の富岡秀行さんがプロデューサーをやっていて、監督の池田成さん(以下、池田さん)はすでにいらっしゃいませんでした。30話はコンテがあって、Aパートは監督チェックが入ってるけど、Bパートは入ってない。そして、31話のコンテは発注してあるけど、32話のシナリオはない。……という状況でした。

杉田

そこから先はなにもない荒野というわけですか。普通なら、途方に暮れる以外にできることがないですよね。いったい、どうやって持ち直したんですか?

高松

32話はもうシナリオがないと間に合わないので総集編を入れてリーチを作り、無理やり作業時間を1ヶ月ほど捻出しました。その間にスタッフほかライターさんに声をかけて体制を立て直した、という感じですね。

杉田

凄まじい修羅場だ。でも、そうした厳しい状況に置かれて、割り切って立て直しを図れるのは流石です。

高松

さらに、後から「どうやら、“エピオン”っていう新しいMSが出てくるのが決まってるらしい」ということが分かり、バンダイ側からも「早く出せ」と急かされてる。だからエピオンが出る回を作んなきゃいけないってことで、脚本の隅沢克之さんに1週間でシナリオを書いてもらって、それを初稿でOK出して……。

コンテに至っては、私とナベシン(渡辺信一郎さん)で半分ずつ分けて、1週間で切りました。

杉田

方針が不明なまま作らなければいけないわけですし、ほかのスタッフさんにとっても厳しい状況ですよね。しかも、なんとかエピオン登場を切り抜けても、その後は荒野なんですよね。どうやって内容を詰めていったんですか?

高松

池田さんが作ったシリーズ構成は、2クールでほぼ使い果たしていて、放送がもう半年残っている。33話まで来たから、あと20本くらい。まさに荒野ですよ。

止まるわけにはいかないので、対応してくれたライターさんにどんどんシナリオを発注して、コンテを発注していきました。こっちも指示できないから、結果としてどんどん風呂敷が広がっていったんです。

杉田

内容を思い返してみると、やや納得がいく気がしてきました。そうなってしまうと、チェック体制を作るのも難しいですよね。

高松

ええ、私も『ゴルドラン』がまだ終わってなかったので、コンテチェック以降は現場に任せていました。みんな「それぞれが頑張ればなんとかなる」って言いながら、前が見えないまま進み続けるような感じです。美術監督は美術を、音響監督は音響を、それぞれの責任でやってと。誰も統治しない、フリーダムな現場ですね。

杉田

いろいろと現場の話を聞いたら、『ガンダムW』の終盤をまた見返したくなってきました。まだまだ、裏側にはいろいろと苦労話がありそうですが……。

高松

苦労話と言えば、実は3クール目からはオープニングが変わる予定でして。最終的にはちゃんと変わったんですが、現場がそんな状況なので制作が追いつかず、まだオープニングを作ってないのに曲が発売されちゃったんです。

杉田

あ、そうですよね。なぜか挿入歌として曲が流れて、かなり後半になってようやく切り替わってました。当時は「なんで今?」と思ったものですが。

高松

本編を作るので手一杯で、新オープニングを作っている余裕がない。本当にどうしようもないから、挿入歌としてかけようってことになったんです。毎週戦闘シーンに曲がかかってたのは、まだオープニング映像ができてなかったからなんですね。

で、ようやく制作が追いついてきて「オープニング作れるかも?」みたいな感じになってきて完成したのは最終回の2回前くらいじゃないかな。結局のところ、完全版は1回か2回くらいしか流れてないと思います。

杉田

それほど壮絶な現場を経てなお『ガンダムW』は人気作品ですし、僕も当時から楽しく観ていました。どんな現場でもキチンと作品を成立させる手腕に、改めて驚かされました。

高松

まぁ、お話をまとめなきゃいけないので、前半と後半で言ってることが違うキャラもいるんですけどね。それはもう、作品を完成させるためには仕方がなかったんです。

ぶっちゃけて言うと、2クールで『ガンダムW』の現場は生命維持装置でなんとか延命してる状態だったわけです。それを無理やり原状復帰させるとなると、どうしても矛盾はどこかで出てしまうんですね。

杉田

凄まじい密度でお話をいただきましたが、ここから『機動新世紀ガンダムX』の監督にもなるんですよね。『ガンダムW』の後番組ですし、そのまま現場を引き継いだ形になったんですか?

高松

ええ、そうです。あのしっちゃかめっちゃかの中で企画を作ってたんですよ。『ガンダムX』がわりと絶望的な設定から始まるのは、『ガンダムW』の現場が絶望的だったのが原因かもしれません(笑)。

杉田

現場も疲弊しているでしょうし、時間もないですよね。どうやって企画全体や、脚本などを組み立てていたんですか?

高松

1話のアバンにある「かつて戦争があった」という部分を私が書いて、脚本の川崎ヒロユキさん(以下、川崎さん)に「ガンダムやんなきゃいけなくなったんで、やって」とお願いしました。

もう時間がないから、コミュニケーションを取っていくヒマはなくてですね。川崎さんとは『勇者警察ジェイデッカー』『ゴルドラン』と一緒だったので、そこは信頼してお願いしました。チームを作る余裕もなかったから、3クール分、全部川崎さんが1人で書いてるんですよね。

杉田

それでもスタッフが離れず完走できたのは、今までの信頼があるからこそ為せる技だと思います。僕も経験ありますが、そういう現場って場の不安感が凄まじいので、リーダーのパワーがすごく重要になるんですよね。

高松

その頃、夕方のアニメ放送枠が報道番組枠に変遷していく時期で、アニメや特撮がみんな朝に移動になったんです。『ガンダムX』も3クール目から朝に移動する、って話になったんです。

杉田

当時、朝5時放送を頑張って起きて観てたのをよく覚えてます。

高松

決まったのは前半のシナリオが終わった頃だったので、急遽シリーズ構成を3クールに調整したんです。
だから『ガンダムX』も後半はものすごい勢いで展開していくわけです。

杉田

モノづくりとは無関係な部分で修羅場が発生すると、どうしても無力感が出てしまいますよね。自分が責任者になったとき「自分も逃げ出してやろうか」と考えたことはなかったんですか。

高松

あの時はもう「やるしかない」って気分でした。

杉田

か、格好良すぎる。

高松

正直言って、今だったらそこまでするか分からないです。当時はもう、そんなこと考えもしなくて「なんとかしなきゃ」と思って、無理くりなんとかしてた感じです。結果的に『ガンダムW』と『ガンダムX』ではすごく疲弊して、1年半くらいで心身ともにボロボロになってました。

杉田

僕は単純に楽しむ側だったので、内部事情はまったく察せられませんでした。その頑張りは、ちゃんと意味がある頑張りだったと思います。

高松

そう言ってもらえると嬉しいですね(笑)。

作るのは“アニメ”じゃなくて“テレビ番組”
『こち亀』で培われた『銀魂』に繋がる思想

杉田

『ガンダムX』が終わった後は、しばらく経ってから『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の3代目監督に就任されていましたね。どんな流れでそこに至ったんですか?

高松

『ガンダムX』が終わった後は『勇者王ガオガイガー』を手伝っていました。その途中で、プロデューサーの高橋良輔さん(以下、高橋さん)から声をかけてもらったんです。「高松っちゃんは両さんとか興味ある?」って。

杉田

高橋さんといえば演出や監督というイメージですが、なんで『ガオガイガー』ではプロデューサーだったんでしょう。

高松

たぶん「高橋さんがいると偉い人に物言いができる」という、いい意味での“プロテクター”として呼ばれていたんだと思います。対外的に守ってくれる偉い人、という立場ですね。

杉田

現場的に信頼をおける人をトップに据えることで、やりたいことをやるってことですね。参考になるなぁ。

高松

高橋さんはスタジオぎゃろっぷ(現ぎゃろっぷ)で演出協力とかもやっていて『こち亀』の2代目監督の三沢伸さんが、スタジオコメットで別の作品が始まるから帰らなきゃならない。でも番組は続くから、後任を探していたと。

僕としても「ギャグものをやりたい」という気持ちがあったので、ぜひに、ということで会いにいったんですね。そしたら社長が「キミの作品は1本も見たことないけど、良ちゃんが良いって言うならキミに決めたよ」と(笑)。

杉田

と、とんでもないモノの決め方しますね。聞いているだけですが、なんだか『SDガンダム』の頃のノリが帰ってきたような気がします。

高松

引き継ぎをするとき、高橋さんから「1年くらいやって辞めちゃってもいいし、続けてもいい。まぁ気楽にやってよ」と言われていたんです。でも、そこから6年やったんですよね。

杉田

全体で8年間ある中で6年ですから、半分以上は高松さんがやってたことになりますね。実際のところ『こち亀』といえば圧倒的に高松さんのイメージです。

高松

私が辞めたあとに次の監督に引き渡したんですけど、そしたら半年くらいで終わっちゃって。そこで終わるんだったら最後までやっとけばよかったなと思いました(笑)。

杉田

後に『銀魂』に繋がる部分だと思いますが、『こち亀』はギャグものの長期放映作品ですよね。そこから学んだことや、ほかの作品と明確に方向性が違うことなど、あったりするんじゃないかと思うんですが、どうでしょう。

高松

大前提として、『こち亀』はゴールデンタイムのアニメです。原作にはいない近所の子供キャラとか、婦警さんのオリジナルキャラを出してるじゃないですか。あれはTVアニメ『こち亀』が“ゴールデンタイムのアニメ風に作る”というのを是として作っていた作品だから、そうなっているんです。

特に私は3代目の監督ですし、これまでの監督さんたちが培ったものを踏襲することで、同じように作り続けることができました。

杉田

いわゆるゴールデンタイムで作るにあたっての縛りみたいなものはなかったんですか?

高松

ありましたよ。『こち亀』って原作は多いんですけど、最初に「50巻より前は使わないでくれ」と言われてました。一応(50巻以前も)使ってはいたんだけど、その場合はしっかりアレンジを入れています。

杉田

言われてみれば。発砲グセがあったり、エロ要素があったり、タバコ吸ってたり。確かに初期の両さんはゴールデンタイムにそぐわない要素が多かったですね。さらっと聞きましたけど、50巻まで使えないって結構な量じゃないですか?

高松

ええ、当時は100巻まで出てたんですが「エッセンスとしては使えるんだけど大筋は使えない」「テレビ向けでない」「アニメにするには短すぎる」というのを省いていくと、意外と使える原作って多くないんです。だから、あるタイミングで使える範囲の原作を使い切ってしまって……。

杉田

ゴールデンタイムという縛りの上では、あの『こち亀』の原作を使い切るなんて状況が発生しうるんですね。どうやってオリジナルの話を作っていたんですか?

高松

お茶の間向けのお話を作るにあたって、原作の細かな部分から「ここ使えるよね」って部分を持ってくるんですけど、それだと8割は肉付けしないと1話にならない。

なので、ライターさんには三題噺みたいな感じで頼んでた記憶がありますね。いくつかエッセンスを出して、それを元にお話を作ってもらうみたいな。

杉田

なるほど、だから特殊刑事課の出番が多かったんですね。

高松

やつら、出ると間が持つんですよ。バンクは毎回使えるし、なにより“特殊”だから。フジテレビからは「人情話や懐かしい話なんかをベースに置いてほしい」とオーダーを貰ってたので、そこはせめぎあいですよね。原作はスゲー面白いけどテレビ向けじゃないってときに、どうやってテレビ向けに調整するか、とか。

シリーズ構成が存在しなかったので、お話を作るときは各話のライターさんと各話で打ち合わせするんです。こっちで内容が被らないように調整をして、それぞれが違うお話になるようにと。

杉田

最近の1クール、2クールのアニメでは考えられない作り方ですね。それを知った上でアニメ版『こち亀』を見直すの、かなり面白そうです。

高松

あと、話数のストックが多かったのは別の仕事との違いでした。

杉田

ストックというと、放送していない話数がバッファとして常に用意されてたということですね。毎週放送されるアニメでそこまでストックを用意するなんて、可能なんですか?

高松

ペースとしては放送に間に合う形で作ってるんですが、放送側の都合で貯まるんです。というのも、『こち亀』って毎週やってるように見えて、実際には1年で3クールくらいしか放送しないんですよ。フジテレビのゴールデンタイムって期末期首は特番があったり、ナイターがあったりして、必ずなにかしらで放送がずれるんです。

杉田

納得しました。放送局の方針次第でスケジュー ル感が大きく変化する、っていう事情があったんですね。となると、作り方にも影響が出てきそうです。

高松

ええ。シナリオは話数を決めないで発注して、各自が勝手に書いてきてもらって、上がってきたものを見て順番を決めてました。「季節ネタはそれぞれタイミングを合わせよう」とか「ボーナスネタは年末だからここに置こう」とかね。だから、制作番号と放映番号がバラバラなんです。

杉田

へぇ〜。ひとくちにオリジナル展開を作るといっても、作品ごとに全然違うんですね。やっぱり放送局や作るスタジオが変わると、仕事に対しての印象も変わるものですか?

高松

フジテレビでの仕事は、僕としても目からウロコでした。それまでサンライズっ子だったので、とにかく“アニメ”という世界の中で良いものを作ろうって思ってたんです。

でも、フジの偉い人には「敵はほかのアニメじゃない、裏番組なんだ」と言われてハッとしたんですね。『こち亀』だったら、日曜の7時にやってるバラエティ番組が対抗馬であって、ほかのアニメより良いものを作ろうとか考えなくていい、と。

杉田

なるほど。なんだったら、アニメ好きはアニメを狙って観るから、良いものを作ることで相互に視聴者が増えますよね。

高松

なので、その後にアニメ『銀魂』をやるときには「これはアニメだけど、バラエティショーだ」と考えていました。バトル回もあるし、人情回もあるし、ギャグ回もある。ショートコントがあったり、登場人物が視聴者に突っ込んだりもする。

『銀魂』を「なんでもアリ」にしようと思えたのは、フジテレビで『こち亀』をやった経験から来てます。僕らが作ってるのは“アニメ”じゃなくて“テレビ番組”なんだって。

杉田

考えさせられるなぁ。ソニーは据え置きゲーム機を“家電”と位置づけていて、それを聞いたクリエイターさんが“ゲーム”という枠から抜け出して考えることができた、という話を聞いたことがあります。ひとつのジャンルで活動するのは大事だけど、いったん枠全体を俯瞰して定義し直すことで、見えてくることがあるんですね。

「銀魂から、その先へ」編に続く。