『月英学園 -神-』
原作:杉田智和 御立弾
著:熊川秋人 執筆協力:駒尾真子

幕間

interlude Ⅱ-Ⅳ

「――本来の生き方ができるような世界。それって、どういうこと?」

 モニターに映る激闘を見守っていたいずみが、呆然と映る光景に目を奪われたまま誰にとなく呟いた。

 胸の内で違和感が膨れ上がっていく。今ここで見た御月英理は、人類への復讐を果たすべく凶行に及んだ、狂ったデータプログラムではない。復讐などない。報復もない。怒りも叫びも憎しみも、糾弾の言葉すらない。

 いつの間にか、ケーブルに巻き取られた特殊部隊の兵士たちは沈黙していた。すでに意識は無さそうだ。

 不意に乾いた音が床に落ちた。執行蓮が拳銃を放り捨てた音だった。蓮は落ちた拳銃を一瞥すると、モニターへ視線を戻して口を開く。

「匣を一時的に停止させることで、御月英理を匣のプログラム最深部に侵入させ、匣そのものを乗っ取らせた。今や匣を動かしているのは、御月英理だ」

「それ、って」

 チアキはぎこちなくそう問うのが精いっぱいだった。ただ何が起ころうとしているのか、その予感だけは全身を駆け巡っている。

 蓮が答える。それはチアキもいずみも、今まさにほしかった言葉だった。

「これまで匣を動かしてきた子供の犠牲は、もう不要だ。眠っている子供たちは全員、解放する」

 世界中、各地に匣となるべく繋がれた子供たちがいる。その全ての役割を、英理が引き継いだのだ。

 それにより匣は人の手を離れ、ただ仮想空間というシステムとなる。誰の犠牲も必要とせず、戦うも戦わないも匣の意志により行われる。もしも現実に疲れた人がいるなら、仮初の夢によって癒されてもいい。幼い子供たちが風と太陽を求めるなら、偽りの世界の中でその喜びを感じたらいい。

 だが現実の人間たちが己の欲を果たすためだけに、自分たちのいいようにコントロールして利用するのはもう終わりだ。

「仮想世界は匣となった御月英理が管理する。そして匣にアクセスする外の世界のことは、俺を中心に組む新組織が正当に管理する。それがこれからの、真の匣治安維持部隊だ」

 モニターから目を逸らさずに、蓮は淡々と語った。

 匣は変わる。だから現実世界も変わらなければならなくなる。都合のいい夢の世界は終わったのだ。あるのはウイルスに犯された死にゆく現実と、その終わりまで傍で寄り添い共に果てる仮想世界。それだけだ。

 蓮は一度、腹に追った傷を強く抑えると、いずみとチアキに向き直った。

「お前たちも、協力しないか? 世界をあるべき姿に正すために」

「あるべき姿……」

 そんなものが、本当に現実になると蓮は言うのだろうか。いずみはにわかには信じがたい思いがあった。

 それでも、信じたいという思いもあった。なぜならずっと、そうなったらいいと思っていたのだから。

 横目に見れば、チアキがいずみの反応を待っていた。彼はどうするつもりなのか、聞くまでもないだろう。いずみがイエスと言えば、彼もイエスなのだから。

 いずみは顔にかかっていた髪を払い、背筋を伸ばして、答えた。

「喜んで、参加させていただきます」

 それは世界を救う約束ではない。今ある世界をただ整然に、善くあろうとする誓いだ。

 まだ何も成していない。それでもいずみの心は誇らしげだった。