『月英学園 -神-』
原作:杉田智和 御立弾
著:熊川秋人 執筆協力:駒尾真子

幕間

interlude Ⅰ

 絶えず揺らぎ、蠢き、移ろい、戻る――。

 変動し続ける空間の中にありながら、同じ面積で囲まれた立方体の小さな部屋は決して形を変えることなくその場にあった。

 変動と不変を遮る壁はどれも透明で、蠢く空間の景色を静かに透過し続ける。

 けれど立方体の中にいる人影は誰も、外になど見向きもせずに部屋の中央へ体を向けて佇んでいた。

「あ~、もう失礼しちゃう! ほんっと人間って恩知らずで最低!」

 人影のうちの一人が憤慨した様子で腕を組む。

 それを見てもう一人が上体を大きく揺らして笑い出す。

「うはwwwアルちゃん、また煮え湯飲んじゃった感じ? ウケるwww」

 そんな二人を見据えた三人目が、呆れたような冷ややかな声で呟く。

「……アル、間抜け」

「あぁぁん!? んだよ、スル! 気に入らないとすぐに癇癪起こすてめーと違って、こっちはお優しくて慈悲深いんだよ!」

「癇癪wwwやば、癇癪どころじゃないしね、あれ虐殺だもん。マジやばwww」

「うるさい、ジル!」

 小さな口を大きく開けて笑うジルと呼ばれた少女に、アルと呼ばれた少女が一歩踏み出して声を張り上げる。それを見て、三人目のスルと呼ばれた少女が呆れのため息を漏らす。

 透明な壁に囲まれた、不変の場所。すべてが見通せるようでいて、あらゆるものから遮断された場所。

 メインフレームと、呼ぶ者がいた。

 けれどのその名は大した意味を持たない。この場では。少女たちの間では。

 まるでくだらないおまじないだ。名前を付けて鍵をかけたつもりになって、その実、鍵の扱い方もろくにわかっていないのだから。

「それで……何があったの?」

 さして興味もなさそうにジルが問う。

 苛立ちを吐き捨てるようにアルが答える。

「管理してた人間が真実の愛を貫くとか言い出して、中に閉じこもってロックかけやがったの。匣を停止しても残るってさ」

「うはwwwキモっwww」

「……無駄」

「でしょ~? 実の兄だかとマジで愛し合ってて、世界が終わっても二人でアダムとイブになるんだと」

「ぎゃはははは! マジ無理、キモすぎwww」

 ついには手を叩いてジルが笑い御転げる。叩いた手の音は周囲で反響することなく、透明な壁に吸い込まれるようにして消えていった。

「ほんとに」

 辟易するようにアルが鼻を鳴らした。

「人類ってのはどうしようもないね。もっとわたしたちへの感謝があってもいいのにさ」

「激しく同意~w」

「……だから滅びる」

 憤慨、嘲笑、失望。三者三様の言葉は虚しく乾いていた。

 不意にアルが顔を上げた。それまで話していた二人とは違う方向へ、もはや憤りすら灯らない冷ややかな目を向けて。

「変に優しくするからつけあがるんだよ」

 視線の先にいたもう一人の少女へ語り掛ける。

「そう思わない? ルルちゃん」

 変動し続ける空間に囲まれた不変の小部屋に、さらに小さな部屋が設けられていた。

 まるで空間を切り取って固めたような、不自然に景色の歪む立方体だ。その中でルルと呼ばれた少女が膝を抱え、力なく俯いていた。

 長い髪がカーテンのようにかかって、彼女の表情を隠す。それでも彼女がひどく嘆き悲しんでいるのが見てとれる。

 けれどアル、ジル、スルはその嘆きに蔑みを向ける。

「優しいだけのルルちゃんなんていらないから!」

「世界が全部終わるまで、そこで見ててwww」

「……落ちこぼれの廃棄物」

 次々に投げつけられる言葉に好意的なものは微塵もない。ルルを閉じ込める小部屋はまるで時空の牢獄だ。それはアル、ジル、スルの三人と、ルルとの間に設けられた決定的な断絶の壁のようでもあった。

 その断絶の内側で、ルルはひとりうなだれ、思う。

――ごめんなさい。

(ごめんなさい……ごめんなさい、遠山さん……)

 始まりは彼と共に在ったはずだった。それなのに、彼を導ける時間はあまりにも短く、あまりにも呆気なく終わってしまった。

 管理プログラムの一部にすぎないルルは、他の管理プログラムが求めれば強制的にメインフレームへと引き戻されてしまう。いつかそうなるだろうと予想はしていても『その時』はあまりにも早かった。

 理由はルルの独断ではない。もっと根本的な決定のため。

(匣は、人類を見放した……それは滅びが確定したということ?)

 アルは、ジルは、スルは、いやそもそも全ての匣は。

 世界は。

 失望の先に何を迎えるのか。

 ルルにもわからない。ただここで俯き嘆くことしかできない。

(ごめんなさい、みんな……何もできずに、ごめんなさい……)

 かつて出会った多くの人と、自分の手を取り立ち上がったあの人に。

 ルルはいつまでもいつまでも尽きぬ謝罪に震えていた。